シーズー専門犬舎
ベルフレンドJP
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シーズー犬を購入する時の注意点や飼育方法など、色々と分かりやすくマトメて見ました。

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シーズー犬の歴史 血統証明書について 動物販売追加説明事項
シーズーの歴史について (色んな説がありますね、以下を御覧下さい)
シーズー ラサ・アプソ ペキニーズ

シーズーの起源? シーズーの起源ははっきりとはしていませんが2つの説が現在有力な説となっています。
(チベット原産説)
原産国はチベットであり、チベットの寺院から唐の宮廷へ貢ぎ物として献上されていた。(中国では、ライオンのことをシー・ズーと発音するが、これは犬が一見してライオンににていることからその名がつけられたことを証明している。シー・ズーの起源には諸説あるが、現在のところチベット原産の犬とゆう説が一般的に受け入れられている。チベットの国家宗教であるラマ教では、ライオンを崇拝している為、このライオンに似た犬は「ライオン・ドッグ」と呼ばれて寺院内で大切に飼われていた。チベットの古代彫刻の中にも頻繁に登場してくるが、当時のチベットの人々はこの犬を”すべての動物の王”に位置づけ、霧や雲の上を歩いたり、空飛ぶ竜をも落とす吠え声が出せるなどの不思議な能力のある神聖な動物として信じてきたようだ。)
(中国原産説)
原産国は元々中国であり、中国にてチベットのラサ・アプソとペギニーズを掛け合わせて作出された。
一般的な歴史 ライオンのたてがみのようなフサフサの頭の毛から獅子狗(シー・ツェ・コウ)と呼ばれていた。原産はチベットと中国の説がある。ペキニーズとラサ・アプソとの交配で誕生したといわれているが、まだまだ謎が多い。チベットから、中国(清の時代)の宮廷に貢ぎ物として献上されたという記録が存在する。宮廷では“神の使い”として神聖視され、あの有名な西太后から、ラストエンペラーにいたるまで、長い間にわたり、宮廷の愛玩犬として愛情を受けたという華々しい歴史をもつ。1930年代にはじめてイギリスに渡った。当初、ラサ・アプソ(見た目はたしかに似ている)と同種として扱われていたが、やがて別腫として認められ、1935年、イギリスにシーズークラブが設立された。エリザベス女王の母君など、イギリス皇室の愛情をも受けた。そして北欧諸国やヨーロッパ、オーストラリアへと渡り、第二次大戦中、アメリカ軍の兵士たちによって連れて帰られ、アメリカへと渡ったと考えられている。やはり、当初はラサ・アプソと間違えられていたが、1969年、アメリカで公認されてから人気は上昇。日本では、1964年にはじめてJKCに登録されたのが最初だが(日本にはじめてシー・ズーが入ってきた時期は残念ながらはっきりしていないが、JKCにシー・ズーが登録されたのは1964年。岡山県の飼い主の元にやってきた5頭が最初の登録犬で、その後、わが国においても年々シー・ズーの愛好家が増え、地理的に言えばその輪は岡山から九州、関東へと広がっていった。そして1972年にはシー・ズークラブが設立されると、シー・ズー人気はますます高まる)、今やアイドルの本領発揮、スーパー人気犬種に。犬種別登録頭数のランキングでは常に上位をキープしている実力派。
あやふやな歴史 シーズーの歴史ははっきりしない。中国語でシーズーコウ:獅子狗つまりライオンのような犬と言う意味です。鼻は低くて目も頭も丸く、頭から全身を覆う長い毛は獅子を思わせるのでこう呼ばれた。チベットのダライラマから中国の宮廷に来る度に献上されていた犬だと言われるがその犬種はチベットプードル、ラサテリア、ラサアプソ、ライオンドッグなどチベットにいた犬種のどれだったかはわからない。TVで見た現在のチベットの僧院で飼われているラサアプソはとってもレゲエな毛並みをしていた。くりくりとカールした毛がフェルトのように固まって。清朝の宮廷ではペキニーズが飼われていたようだがこの犬とチベットから贈られた犬との混血という節もある。そのままの純血種を育てないで新しいより良い犬を作ろうとしていたとか、いやいや、チベット原産の純血種だとか本当のところは定かではない。ともかく清宮廷では何千人もの宦官たちによって飼育されおたがいに競争して良い犬になるように励んでいた。それで良い犬だけを宮廷に残して他は市場で売られたので一般家庭にも長い間飼われていた。1908年に西太后が亡くなってしまうと宣統帝は犬に興味が無かったので外へ流出してしまったという説もあるが、中国宮廷の崩壊で宮廷にいたほとんどの犬は殺され、たった5匹の犬が英国人によって助け出されイギリスへ渡りその5匹が現在のシーズーの祖先となったという説もある。でも事実は違っていて一般の中国人にも多数育てられていたようです。シーズー犬が始めて外国に出て行ったのは1930年でイギリスへ帰ったミズ・八ッチンズという女性が3頭つれて帰り、1932年には中国駐在のオランダ公使カウフマン夫妻がノルウェイに赴任のとき3頭の犬を連れ帰り、そのうちの1頭が北京の宮廷生まれでこの犬が西欧に渡った唯一の中国宮廷生まれの犬だったという説もある。その後ノルウェイのムド女王がカウフマン夫妻のシーズーの子犬をイギリスへ連れてゆき当時のヨーク公夫人(現在のエリザベス女王の母君)に贈ったのでシーズーも英国皇室にも入ったという説もある。と言うわけで本当の歴史は皆目わからないということでした。
もっとも有力な説は シーズーの祖先達は、チベットの寺院で神聖視されて育てられていた、チベット原産の犬ではないか。ライオンを神聖視していたラマ教は、ライオンに似た犬を大切に育てていた。そのライオンドックの1つがラサアプソ。しかしラサアプソが祖先犬かどうか確証は全くない。そして、中国の宮廷で王族達に愛玩されながら犬種を形成していったらしい。つまり唐時代(600年頃以降)にチベットは中国の主権下に入り、多くの貢物のなかにライオンドックが含まれていたようだ。その後清の時代までこの関係は続き、とくに西太后(1900年頃)がライオンドックを寵愛し、紫禁城内での飼育に力をいれ、その中でシーズーが形成されていったのではないか。この犬を伝説の獅子狗(発音はシーズークウ)と呼び、そのまま犬種名になった。
他の説は? 中国にはもともとシーズーの祖先犬がおり、それがチベットからの貢物犬と交配され、シーズーの原型ができた。その祖先犬とは、孔子(紀元前500年頃)の時代からいたとも(チベットからの貢ぎ物とは別に、中国にもシー・ズーの祖先と思われるような犬が存在した。紀元前500年頃の孔子の時代から、小形の顔の犬が飼育されていたという記録がある。また、それ以外にもトルコ、ペルシャ、ロシアから小型の顔のつまった犬が輸入されたという記録もある。ちなみにトルコから入ってきた人気犬はシー・ズー・コウ、すなわち「ライオン・ドッグ」と呼ばれていたようだ。この犬はマアタ島からトルコに入ったマルチーズの血統の犬ではないか、あるいはパグではないかとも言われている。いずれにしてもシー・ズーの起源は、これらの小型犬とチベットから贈られた犬との交配による血統説が今のところ有力だ。)、600年頃にトルコから輸入された小型犬だとも推測されている。この祖先犬がペキニーズやパグの祖先になったという考えを持つ人は少なくない。
もっと他の説は? 17世紀に、中国の宮廷犬ペキニーズとチベットの貴族や僧侶に魔よけ犬として珍重されていたラサアプソの交配種で、門外不出として神聖視されていたペキニーズに次ぐ神聖な神の使いの犬として大切にそだてられてきた。
更に他の説は? チベットからきた上記1のライオンドックとペキニーズが中国宮廷内で交配されよりライオンドックに改良されていった。このライオンドックはラサアプソに近い犬種ではないかという説もあるが、はっきりとはわからない。
それで? どの説にせよ宮廷内でライオンに似るよう、改良に改良を重ねて行った結果、もっともライオンに似たシーズー犬種が作られて行った、ようだ。
それから? 清朝の崩壊(1912年頃)によって宮廷内の犬のほとんどは殺されたが、外国人高官が飼っていたシーズー3頭(4頭とも言われています)がマデリンハッチンズと言う女性によって1930年にイギリスに連れて行かれ、初めてヨーロッパに紹介された。1932年に駐中国のオランダ公使だったカウフマン夫妻が、ノルウェーに転勤になりシーズー3頭を連れて行き、翌年その子犬をノルウェーのマウド女王がイギリスのヨーク公夫人(現エリザベス女王の母)に贈ったことで、シーズーはイギリス王室の寵愛を受けるようになった、とさ。めでたしめでたし
結局? イギリスの愛犬家たちは、最初ラサアプソと同一犬種として扱い、アプソ・ライオンドック・クラブが設立されたが、1935年にアプソとは別の犬種と認め、1935年にシー・ズー・クラブが発足し今に至る。これってつまりシーズーは基本的にラサアプソに良く似ていたってことではないかい。だから同一犬種と見られていたわけだ。ところがペキニーズとの交配が進んで、恐らくラサアプソとペキニーズの中間になって、両者とはっきり区別できるようになったので犬種として区別する事になったのだろうと推測できるなあ。結局愛玩犬とは人工的に作りだされる運命なんだね!恐らく純潔種なんてこの世には存在しないのかもしれない。どこかで交配されているんだろうなあ!
結論 ラサアプソが祖先犬の1つかどうかは、どの記述を読んでも定かではない。非常に似た外観だったことは確からしい。しかしヨーロッパに渡った後に、ペキニーズとの交配が進んだため、ペキニーズは間違いなく血統の一つだ。しかしそれは近年の交配なので、祖先犬とは全く違う。つまりペキニーズも祖先犬の1つかどうかは結局定かではない。その内チベット辺りの寺院の文献にでも出てくるかもしれないね。
現在 第2次大戦終了時にイギリス駐在のアメリカ将校が帰国時連れて帰ったのがアメリカデビュー。当初はここでもラサアプソと同一視されたが1969年アメリカンケンネルクラブにより別犬種として公認され現在に至る。小柄でかわいらしいタイプである(アメリカ人はトイプードルにしても、なんでも小型でかわいらしいのを好むらしい)。日本では1963年に紹介され、1972年にシーズークラブが設立された。しかし1957年にラサアプソが登録されているので、同一視されたシーズーが1963年以前に日本に入ってきていた可能性もかなり大きい。
おまけのルーツ 2002年11月18日の朝日新聞にDNA研究に基づく犬のルーツが紹介された。結論は犬のルーツは東アジアのオオカミが飼いならされ家畜化していったことが実証された。スウェーデンとアメリカの大学研究チームの成果だそうだ。しかも世界中の全種類に近い654種の犬のDNAから導いた結果だ。初期の犬には4系統のオオカミの血が混じっている事がわかった。しかも犬の早姓は約一万5000年前のことだ。
不運な歴史 シーズーの生まれは中国・チベット(一般的に言われている)ですが、国民に広く神聖視されたいた理由で1912年の辛亥革命時にで政府の名の元で大量に処分・または繁殖中止をされました。しかし、その後欧米に渡り爆発的に人気が出て現在のように世界中で多く飼育されるようになったのです。
調査文献と参考サイト
JKC・「シーズーの飼い方」 by成美堂出版・「シーズーのしつけ方」 by愛犬の友編集部編
・「愛犬の友」 by誠文堂新光社・ペットのための快適生活情報・シーズーガーデンウルトラモモ

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